2014.5.19(月) 
        柳生街道(滝坂の道) 12Km 
   

下見を兼ねて滝坂の道を単独歩いた。

春日山と高円山の谷あい、渓流に沿った石畳道です。
界隈は平安時代から鎌倉時代にかけて南都七大寺の僧たちの修行の場で、
昼なお暗い樹林の中に苔むす石仏がたたずみます。
江戸時代には柳生の剣豪たちが往来しました。

ーーー近鉄てくてくマップよりーーー

 9:00
 生駒駅に着いたら、なんと!「浪速歩け」のF原氏とT岡氏がいるではないか!奇遇ですな!
二人は今度の日曜日の矢田丘陵ウオークの下見だそうな。
9:41 近鉄奈良駅からバスはスタート。 369号線を走る。
10:15
 忍辱山円成寺着。(バス代650円)

バス停忍辱山 

円成寺山門 


円成寺境内


重文の楼門
10:37
円成寺の境内を見学した後、お寺から約100m先から山道に入る。

道は登り道だが、木陰道で爽やかな風がそよそよと・・・、涼しくて気持ちいい。

10:37 石畳の道を行く 

10:41 お地蔵さんの上が円成寺の墓地
10:45
道には所々に道標があって歩いていると安心だ。

10:45 道標  

前方には夫婦連れのハイカーが一組。

10:54 ハイカーが前を行く 

11:23 道脇にはフェンス(鹿避けか) 
11:24
木陰の地道を1時間ほど歩いたところで、コンクリート道に出た。

11:24 ここからコンクリ道 
 
11:26 時に貨物車が走る

11:27 奈良市の上水道タンク 

11:35 県道184号線 
11:43
 茶畑が見えてきた。

11:43 茶畑 
 
11:44 この道標を右折する
11:55
 民家の軒下には時代を感じさせる消火ポンプが

ポンプの横の文字は「和州石切 飯倉弥長次」と読める。

消火ポンプ  
12:03
峠の茶屋まで行ってしまってから、“しまった”と引き返し
 
茶畑の道標で左折したところに江戸時代の石灯籠があった。

「太神宮」と読めた。
反対側には「大慈仙 村内安全」 「天保元年???」と読めた。

12:03 石灯籠  
12:10
 石灯籠から茶畑の中に「五尺地蔵」がある。

12:06 茶畑の中に 

12:10 五尺地蔵 
 民家が近づいてきた。

道端に名も知らない花々が・・・

 ??
 
キツネのボタン ?
 
アザミ
 
ポピー

 カタバミ ?

?? 
12:20
 峠の茶屋に着いた。

一昔前までは営業していたが、いつからか廃業している。

峠の茶屋  
12:28
 峠の茶屋からほんの200m ほど先に分かれ道がある。

直進しても左折しても「首切り地蔵」には行ける。

が、「地獄谷石窟仏」が見たければ左へ進む。 
但し、雨で足元の悪いときは直進のこと。

分岐点  
 12:30
今日は天気も良くワタシは左折する。

馬の背のような細い道を進む。

馬の背の先は急な坂道を下る。

下ると谷川が流れており、空気はヒンヤリ。

12:30 馬の背のような細い道 

12:40 橋を二つ渡る 
 12:57



13:13

 地獄谷石窟仏。

その手前で女が二人くたばっていた。

 「もう、シンドイ。歩かれへん・・・」と。

ここで昼食、20分。

12:57  地獄谷石窟仏 

12:57  地獄谷石窟仏 
 
石を切り出したあとに線刻したもので奈良時代後期のものと思われると。
 13:23
 地獄谷石窟仏の先の林道、杉の木にペンキで数字が書かれている。

「??」と思っていると、森林管理事務所の看板があり

「地獄谷ヒノキ・スギ・アカマツ択伐収穫試験林」
この林では次のような森林を造ることを目指して研究を行っています。

「1.森林の景観を保ちながら木材の生産を続けられる森林
2.雨による土砂の流出や洪水などを調整する機能の高い森林・・・・」


とあった。伐採の順番なのだろうか?
 
 13:33
 更に下り進むと目の前に美しい池。

池  
 13:38
道が合流するところに「首切り地蔵」。

「荒木又衛門が試し切りしたと伝えられる首切り地蔵です。
彫刻の手法から鎌倉時代の作と思われます。

谷川沿いに登ってきたこの道は滝坂道と呼ばれ、
江戸中期に奈良奉行により敷かれた石畳の道は、
昭和の初めまで柳生方面から奈良へ米や薪炭を牛馬の背につけて下り、
日用品を積んで帰っていくのに使われたものです」


と説明板にあった。

首切り地蔵  
 13:50
 首切り地蔵から下ると右手に「朝日観音」。

「対岸の岸壁に彫られているのは朝日観音です。
これは早朝高円山の頂から昇る朝日に真っ先に照らされることから名付けられたもので、
実際には観音ではなく中央は弥勒仏 左右は地蔵仏です。

この石像には文永2年(西暦1265年)の銘があり、鎌倉時代の代表的なもので、
この下の夕日観音と同じ作者と思われます」


と説明板。

朝日観音  
 14:05
 更に石畳の道を下る。

と、「夕日観音」。

滝坂の石畳  

夕日観音 
 
  夕日観音の下には「滝坂三体磨崖地蔵」。
と「寝仏」。


判然としないが、左側が頭で右手を折り曲げているのかな?

滝坂三体磨崖地蔵  

寝仏 
 14:20
更に下ると妙見宮の石標と石灯籠。 

石標  

石灯籠 
 
 14:30
 滝坂道の入り口は能登川が流れている。

“川”とは名ばかりだが、
能登川の 水底さへに 照るまでに 三笠の山は 咲きにけるかも 

と万葉歌に歌われていて歴史の川だなあと思う。

能登川  
 14:36
 滝坂道を終えると、春日大社の境内に入る。

春日大社  

境内の鹿 
 15:04

イチイガシの巨樹  

春日大社が創建された8世紀頃には三笠山の麓から飛火野にかけて
イチイガシを優先種とする照葉樹林が広がっていたと考えられている。

奉献酒  



これが珍しいのか? 
外人さんが大勢カメラを向けていた。
   
春日大社からは興福寺〜猿沢の池〜みやげ物屋〜東向き商店街を経て、ゴール近鉄奈良駅。

15:31 興福寺五重塔  

15:32 猿沢の池

15:35 みやげ物屋
 
16:30 帰着。
   本日のドアtoドアの歩数:約 33,035 歩。