2009.5.19  笠置山 (288m)周遊 ウオーク
メンバー:岩永・秋永・前田・那須・玉井・川田・清水の7名
現地までの交通機関
290+320=610円
生駒駅
準急
西大寺駅
近鉄・奈良駅
徒歩
JR奈良駅
関西線
加茂駅
亀山行き
笠置駅
8:06 8:18〜8:19 8:24 8:54 9:09〜9:13 9:21
元会社の仲間7名で笠置山を周遊した。
前回に続き、中村氏からコースリードを任されての大役。
天気は少し曇り気味で水音を聞きながら、若葉茂る木陰道のウオークで最高だった。
8:54 奈良駅から加茂行き電車に乗る。
9:21 電車は笠置駅に着くとワンマンカーで、出口にはICOCAの精算機の設置が無いため、先頭車両からしか下車出来ない。
ICOCAで乗車した者は現金320円を運転士に支払い、ICOCAの入構記録の取り消し証明をもらう。
ややこしい手続きだ。


笠置駅前 元弘の乱
9:30
笠置駅からウオーク開始。
歩き始めるとすぐに木津川の清流が眼に入る。

しばらくJRの線路沿いを歩く。

木津川清流
10:00
布目川発電所から支流布目川沿いに変わる。

布目川には「甌穴群」。 みんなにとっては「甌穴」という言葉が初めてでその字の意味が分からない。
その先に説明板があり、それを読んで初めて理解。

「円筒形をした美しい甌穴は円形のくぼみに、うずまき流が生じ中に落ち込んだ小石が回転しながら川床を深く削って出来たものである。この辺りの川床は非常に堅い花崗岩で成り立ち、このようなところに出来るものは新しく穴が出来るまでには数十万年から数百万年かかるものと推定されています。地元ではこの甌穴を九つ壺と呼んで親しんでいます。」と。

甌穴説明板

甌穴群の道を終え布目橋を右折、ここから新橋まで川を右手に見下ろす。
新橋からまた川が左手になる。
布目川沈砂池・下水処理場・民家が見えてくると川沿い歩きはおしまい。

途中の堰堤

途中の堰堤

11:35 川沿い歩きを終えると自動車道を10分ほどでバス停「柳生」。

バス停から階段を登り、皆に少し脅かしておいた杉林の坂道。 短い山道なるも結構厳しい。

杉林の急坂を登る
11:50 剣塚休憩所。

昼飯後それぞれワラビ採りを楽しむ。 
12:40 午後の部、剣塚の横からスタート。

午後の部スタート
最初は少し登りあとは下るのみ。
13:15
阿対の石仏。

ここで前田氏からコーヒータイムを・・・と。
彼1人でみんなのためのお湯をポットに入れて担いできてくれた。
重いのにありがとう。


阿対の石仏 説明板

阿対の石仏

阿対の石仏からゆるやかな自動車道を行くと右手にかさぎカントリー倶楽部。
女性3人男性1人のパーティーがゴルフをしている。
13:45
六角堂跡。

鎌倉時代初期、解脱上人が建立した。
が、元弘の乱の大火災で焼失した。


13:50 笠置寺の裏口着。

境内前に来るとセンサーが働き「入山料を支払え」という意味の放送が何度も何度も繰り返される。
那須氏が朱印帳に朱印を受ける。
「朱印は本尊にお参りしてから受けるもんだ」とか随分厭味を言われたそうだ。

300円の入山料を支払い、境内に入る。
1時間ほど境内を見学。

毘沙門堂

十三重石塔

弥勒磨崖仏

 
(川田氏撮影)

集合写真(玉井氏撮影) 

正門 ここから退出した 
 

奈良時代は弥勒信仰、平安時代は山岳修験道、そして南北朝時代は南北朝それぞれの拠り所となった。
木津川べりに聳える独立峰・笠置山の地形をうまく利用し、磨崖仏や行場の巨岩・巨石が次からつぎへ。
14:50 正門から退出。

那須氏がストックをどこかで忘れたことに気づくも見当たらない。

岩にへばりついているセッコク(?と思う)を秋永氏が剥ぎ取り持って帰る。
彼はこんな植物が好きらしい。種から芽を出したばかりの杉の幼木も手に持っている。
15:20
30分ほど下ると笠置山の登山口に到着。

登山口
15:30

16:45
下山したら「わかさぎの湯」(800円)で汗を流す。
風呂から上がり、ビールでカンパーイ。

飲んでる最中に玉井氏が気を利かせて帰りの電車の時間を調べてくれる。
1時間に1本しかない。


建物の後ろが笠置山
16:57 笠置駅から帰途の電車に乗る。
18:30 自宅着。
本日のドアtoドアの総歩行数:35,163歩、歩行距離:約15Km。