2014.1.18(土)    伊勢本街道を歩く
 コース:  大和八木駅〜豊受(とようけ)大神宮(外宮)⇒古市町⇒猿田彦神社⇒おかげ横丁⇒皇大(こうたい)神宮(内宮)〜大和八木駅 約7Km

個人的には2013.2.22から、遊歩会のバスツアーでは2013.6.1から、
「ええじゃないか!ええじゃないか!」と始まった「伊勢本街道」も今回でおしまい。

「一生に一度は伊勢参り」と全国から大勢の人が旅に出たという。
伊勢参りが本命か遊郭遊びが本命だったか?
「伊勢参り大神宮へもちょっと寄り」という川柳は当時の遊郭の盛況を風刺したものだそうな。
  参加者:11名 西川・井上・上田・片山・川端・関川・種井・馬場・堀下・水谷・清水
7:20

8:04
 自宅スタート、日の出がきれい、今日は天気がよさそうだ。

生駒駅を11名でスタート。
 

9:00

大和八木駅をバスでスタート、総員34名。 ガイドは森口・大谷氏。
11:45

 外宮前にバス、到着。

ウオーク、スタート。

11:48 外宮前 
 
12:01 勢田川の小田橋前
12:08




 間の山 お杉お玉の碑。

〈間の山〉は伊勢の内宮と外宮の間にある尾部坂(おべざか)という坂道のことで,往時ささらをすりながらあわれな唄をうたって喜捨を請う女芸人がいたと伝えており,お杉・お玉という2人の美人が,客の投銭を撥(ばち)で受けとめる芸をしたという。

12:08 お杉お玉の碑

12:13


 古市に入る。

この辺りの民家には門口に注連縄を飾っているが、そこに書かれている文字は
「笑門」ではなく、「門」の間に「蘇民将来子孫家之」と書かれているのが多い。

後で参宮街道資料館の管理人に聞いた話では“笑は将から転じたものだ”とのこと。 で、“「将」は平将門にあやかったものだ”とか。
K山氏が「平将門とどういう関係があるの?」と

で今、家で調べていたら
【昔、伊勢の地を旅したスサノオノミコトは、日が暮れ泊まるところに困っていると、貧しくとも心豊な蘇民将来が自分の家に泊め手厚くもてなしました。
スサノオノミコトは蘇民将来の善行に大変感激し、「後の世に疫病あらば蘇民将来の子孫であると云いて茅の輪を腰に付けたる人は免れなむ」と言い残し去っていきました。 以来、この地方では魔よけとして蘇民将来の札を飾るようになったといわれています。
また、将門では平将門に通じるのを嫌って笑門とした】
とあった。

12:08 蘇民将来子孫家之門
 町中には備前屋跡とか芝居小屋跡の碑が。

備前屋は天明年間(1781〜1788)当時70軒あったといわれる著名妓楼の一つ。

 12:15
 
12:17
12:18









 大林寺。

お紺と孫福斉の墓があった。

お紺と孫福斉の油屋騒動:
医師の孫福斉(27才)は芸妓お紺(49才)に袖にされて逆上し死者2名、負傷者7名を出して自決。

歌舞伎のネタになっているそうだ。

大林寺 

 お紺と孫福斉の墓

12:30

旅館麻吉。

 ここが唯一、当時の面影もそのままに現在も現役で営業している旅館。
江戸時代は『花月楼麻吉』という多くの芸妓を抱えるお茶屋だった。
斜面を利用して建つ木造6階建ての歴史ある建物。

「登録有形文化財」の看板を I 上氏が発見。


 




12:40



 寂照寺。

家康の孫娘千姫の菩提を弔うために建立。

のち、画僧月僊が窮乏の寺を救ったという。

  寂照寺
 
月僊上人遺跡
12:49
















 伊勢古市参宮街道資料館。

館内 
 
館内

館内 
 
投げ銭をお杉お玉がバチで受けとめた
13:10
 両宮常夜燈。

両宮参拝碑 
 
両宮常夜燈

13:17

猿田彦神社。 

拝殿正面に昔の神殿跡を印し、方角を刻んだ八角の石柱があります。

 昭和11年の御造営まで永く御神座のあった最も神聖な場所です。
大神の「みちひらき」の御神徳を表す八角形の石には、毎日多くの人々が願いをかけて行かれます。


猿田彦神社 
 
神殿地跡
13:30





 おはらい町通りに入る。

ものすごい人の群れ。

町並みの特徴は、伊勢人が“神様のお住まいと同じ平入りでは恐れ多い”と妻の部分に玄関を設けた「妻入り」。
 
ものすごい人の数
13:35
 赤福本店の裏で五十鈴川に下りて昼食。

帰りのバスでH下氏が「世古」にこだわっていたが、「世古」とは細い路地のこと。

おはらい町の通りから「世古」と呼ばれる細い路地を歩けば五十鈴川へ到着。
江戸〜明治時代にかけて世古は130以上もありましたが、大半は戦後に姿を消しました。


イラストマップを見ていたら「溝ノ世古」「会所世古」「山人の世古」とか「梅谷の世古」があった。
 
五十鈴川
14:24
昼食後おはらい町を通り抜け宇治橋を渡り、砂利敷きの参道を進むと皇大神宮(内宮)に着く。

皇室の御祖先の神である天照大神がお祀りされている。
垂仁天皇の26年に五十鈴川の川上にご鎮座された「日本人の総氏神」
だ。

内宮 

内宮
今般の遷宮は62回目の新殿だそうな。
62×20=1240年前から始まった事になる。(2014-1240=774年、“日本のちちよ(774)遷宮だ”)

新殿の右奥に旧殿があり、これの取り壊し時期はまだ決まっていないとのこと。
 
参拝後おはらい町、おかげ横丁を散策して内宮前の集合場所に帰る。


 
 


 
 

 
 
16:00

 バスで帰途に着く。
バスでは当伊勢街道はおしまいで焼酎反省会。
八木駅近くではウオークが物足りないN川氏がバスから降りる。 

西大寺駅では豊祝でまた反省会。

20:30

自宅着。 ずーっとこのツアーを取りまとめて頂いた西川さん、ありがとうございました。
    本日のDor〜Dorの歩数:約 28,687 歩